最後に彼は短剣をくれた。
長槍を扱う彼には持っている意味もなかった物なのだろう。
だが私には、ソレがただただ恐ろしかった。
そう、確かにしかし漠然と、恐怖をソレに抱いていた。
それなのに手放すことができず、またそれ故に肌身離さず持っていた。
血を見るのが恐ろしかったわけではない。
手が血に染まるのが恐ろしかったわけでもない。
ソレ自体に対してのみ感じていた。
その美しい装飾はよく人の目を引いた。
細かな紋様が彫り込まれ、一見すると宝剣にも見えるのだろう。
雨の降った日には、抜いてみようかとよく柄を握った。
晴れた日には太陽にかざしてみたりもした。
ただそれを繰り返すばかりで、きっとソレは切れ味を鈍らせていったことだろう。
短剣とはいえ、剣を扱う技量も度胸もなかった私は、そんなことは一向に気にとめなかったが。
そうしてある人が、戯れに抜こうとしたこともあったが、刃は鞘に納まったまま動かなくなっていた。
装飾が褪せることもなく、見た目には変わった様子もない。
こうあって当然というように、そのままの姿を留め続けた。
そして同時に、始めに感じた恐怖もとどまることなく続いていた。
そう、長い長い間。
突然、しかし必然的に、それは消えた。
ソレはこの時を待っていた。
私もこの時を待っていたのだ。私はそれを知っていた。
知りながらも理解ってはいなかった。
恐ろしかった、この時がくるまでは。
恐ろしかった、ソレに触れたときから。
最後に私は短剣を抜いた。
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